ヘノブファクトリー

サイト育成

ヘノブファクトリー

記憶にございま・・・

宮古島在住のLAYSANこと、レイサンのヘノブログ。

何を隠そう、沖縄に移住して11年目、実は1つ、気がかりなことが。
そう、「東京のあの店、ってまだあるのかな?」ってこと。

東京六本木でのIT系サラリーマン時代、
どうしようもなく不条理にぶつかったりして
どうしようもないくらい切ない思いに駆られて
そんなとき、自分は新宿のとあるBARによく行っていた。
(2008年までの東京在住時の話)

さっさと帰宅して着替えて東横線に飛び乗って、渋谷で山の手線に乗り換えて、ボーっとしてれば新宿に着いて、東口を出て終電に乗り急ぐ人の波に逆らうように繁華街を明るいほうへと歩いてゆけば、あっと言う間に辿り着けたもんだ。

 

そう、あの真っ暗で、最高のBARに。

カウンターに座る。

まずは注文「ハイネケン1つ」
キャッシュオンで差し出した札と引き換えに
釣り銭とキンキンに冷えたハイネケンの瓶ビール、そしてMENUとペンライト。

MENU本の中身は、羅列されたアーティスト名の数々。。。

カウンター越しの店員さんに合図して、ペンライトで照らした先の好みのアーティストを1つ、指を指す。すると店員がそのアーティストのCDを棚から根こそぎごっそりと持ってくる。

しばし、至福の選曲タイム。

店員を再び呼んで、その中からさらに1つのCDの1つのタイトルを指させば、リクエスト完了。

しばらくすると、店内いっぱいに美味しいROCKを味わえる。

 

 

 

そして何曲かをそうしてリクエストしているうちに不思議な現象が起きる。
そう、リクエストしなくても笑うほどドンピシャな自分好みの曲を、カウンター越しにいる店員さんが
次々にかけてくれたりするのだ。(これは居合わせた店員の技量によるw)

 

ビートルズを聴きまくりたいイギリス人と、Limp Bizkitを聞きたくてしょうがないアメリカ人でとっくみあいの喧嘩になった日もあった。(自分は第9条を厳守したw)

カウンターで隣りに座った外人がやたら絡んできて一緒に飲んでるうちに意識朦朧として目覚めたら公園のベンチで財布が無かった日もあった。(トイレに立つ際はグラスを空にしてからがベスト)

 

深夜3時頃、大好きなDEFTONESの「Digital Bath」をリクエストしたら、ちょうど入店して来た美人女性が「この曲大好きー!わたし、今日でキャバ嬢卒業してきましたー!」と言って「一緒に踊ろう!」ってなぜか肩に両手をかけられ朝まで踊った日もあった。

向かいの寿司屋にもよく行ったなー。カウンターで知り合った見知らぬ輩と。

歌舞伎町の角にあった立ち食いソバ屋もよく行ったなー。横浜西口の立ち食い蕎麦屋とは雲泥の差の味だったけどw ついつい呑んだ朝に食らう立ち食いソバってなんであんなに旨いんだろう。

話がそれた。

BARの話だ。

会話など出来るBARではない。カウンターで隣に座った人間ともまともに会話などできやしない。爆音が「会話なんかしてんじゃねえよ、ドアホ」とばかりにスピーカーからボコボコにカラダを殴ってくる店。

それでも、リクエスト曲のつながりで、その夜の空気の流れをお互いに創り込むうちに、自然と「あ、こいつとは気があうな」みたいなのが生まれ、気がつくと、無言で笑顔で乾杯してたりする。

携帯番号を聞いたり、名刺を交換なんて野暮なことはしない。

その夜、その空間を、気持ちよく過ごせただけで、お互いに感謝&リスペクトする。

またいつか出会えても顔すら覚えてないだろう。だけど、その記憶だけは鮮明だ。

あの店はまだあるのかな。

時代の波とやらに流されず、旨くやってくれてるかな。

若かりし頃、バンド仲間と行った時に壁に貼ったステッカーは残ってるかな。

グランジとMIXTUREが大好物なあの店員はまだ生きてるかな。

真っ暗で、店員の顔も、となりの客の顔もまともに見えないBARの
絶対に「インスタ映え」なんかしない夜。

だけど、脳裏に焼き付いたそこでの記憶は、、、そう、記憶だけは鮮明なんだ。

記憶にございま・・・す。

歌舞伎町にあるROCKな地下の暗いBAR、新宿MOTHER。
まだ、あるのかなー。

サイト運営のご相談や、新規サイト制作のお見積りなど、
お気軽にお問い合わせください。

サイト運営のご相談・お見積り

この記事が良かったら、シェアしてください!
最新情報をお届けします!